「例えばゼロさんの『何か』を探っていた『誰か』が、ユピテルの復古派だったとしますね。バイロン社と王国軍で密約が交わされていたとして……編集長はわたしを、ゼロさん達をユピテルにおびき出す『おとり』として使った。これ、おかしくないですか? だって、わざわざ狙われているであろうゼロさんを、敵の本拠地に連れてきたってことですよ」
「あ………! そういや、そうですよねぇ……っ!」
「特に、ガイラルド王国があえてゼロさんを危険にさらす理由がわかりません。どんな犠牲を払おうとも、ゼロさんは守る。上層部は、そういう方針のもとで動いて……」
声にしたあと、テンはしまった、と口をつぐんだ。
慌ててゼロに視線を戻す。彼は平然とパンにかじりついていたが、その金の瞳は心なしか、伏せられたように見えて――なんだかすごく、胸が痛んだ。
第三者であるテンでさえ、不快な思いで聞いていた、数々の作戦。替え玉や囮の配置、どういう嘘のシナリオを国民に発表するかの算段――
寒気がする。思い出しただけで。人を人とも思わぬ、彼らの思考。正義という名の悪意。
「……ン……テン!」
「あ、はうっ」
いきなり額を野菜スティックで突かれて、ようやくテンは思考の輪廻から舞い戻ってきた。しばらくぼうっとしていたのか、アルコもゼロも怪訝な顔でこちらを覗きこんでいる。
テンはこういう時、ヘラっと笑顔を取り繕うことしか知らなかった。
「あ、あはは……それで、なんでしたっけ?」
「……ったく。だから、お前の考えは正しいって言ってんだ。どうにもあいつらの考えてることは掴みきれねえ。とりあえずわからないことは二つ。『誰か』の目的が俺だったとして、俺に『何』を求めているのか。オフェリアが俺をユピテルに招き寄せた『理由』は何なのか。回りくどく俺を呼びつけたのは、そうしない限り俺が素直に召集に応じないからだろう。……一応他国のユピテルにフリード先輩、キーノ、マルチェラを呼んでいるのを見る限り、オフェリアの理由がなんにしろ、それが本気だ、っていうのはわかる」
「うーんと……逆にわかっているのは、バイロン社と軍が結託してオーナーをユピテルに誘い込んだってことと、ボクらのほうがオフェリア様より遥かに身が危険なんじゃないかってこと。それから……」
「……わたしが、見事に『使われた』ってことですかねぇ……」
テンが地獄の底に届きそうなほど深く息を吐くと、人参をかじりつつゼロが頬杖をつく。
「おま……的を射すぎて突っ込めないようなこと言うな。さすがの俺も胸が痛むわ」
「……うう、それ、なんかものすごくショックなんですけど……」
「自分で自分を卑下したら、這いあがれない泥沼に沈みこむぞ。特にお前なんて、粗を探せばそれこそもう生還不可能なほどあるんだからな」
「オーナーは人のこと言えないほど破滅的な人格じゃないですか」
アルコが唐揚げを頬張りながら突っ込むと、テーブルの下で鈍い音がした。アルコが悶絶してテーブルに突っ伏したところを見ると、脛でもおもいきり蹴られたのだろう。
ゼロは眉間に皺を刻んで神経質に指でテーブルを叩きつつ、睨みを利かせてきた。
「つーかお前ら、野菜もちゃんと食え! 不健康なもんばっかがっつきやがって」
「た、食べてますよぉ…………………ポテトとかぁ………」
「お前な……そうやって脂ぎったもんばっか食ってると、そのうち肌もボロボロ、体系もぶよぶよのおばちゃんに変身するぞ」
「ひ、ひっどーい! こんな若さに溢れた年頃の女の子を捕まえて! ゼロさんなんかわたしより数年早くおじさんになるんですよ!?」
「別に俺、歳を取るのは嘆かわしくねぇもん。若さという言葉に執着してる時点で、お前の将来は黄色信号だな。おら、お前にも言ってんだぞ、アルコ。野菜も食べろ」
「えーっ!?」
テンは口を尖らせて席に座り直す。勢い余って半ば立ち上がっていたのだ。苛々と湧き上がってくる熱を喉の奥にしまい込むのは困難だった。ゼロは何事もなくすかした顔で水に口をつけているし。アヒルのメモ帳を部屋に置いてきたことが悔やまれる。手元にあれば、思いつく限りの悪口雑言を刻みこんでやれるものを。
ふと、引っ掛かるものがあった。アルコの口に無理やり人参を突っ込んでいる凶悪なゼロの面を眺めやって、目を瞬く。
いつの間にか、暗い気分がすっかりと晴れていた。
エイオンやマルチェラの諸事情、自身の置かれた立場――ひとりで部屋にこもっていたら、無限にループする思考は、メモ帳に書ききれないほどに堆積して、テンを蝕むだけだったのに。
まさか、ゼロはそれに気づいて元気づけてくれたのだろうか。いや、まさか。
涙を流しながら人参を頬張るアルコを眺めやり、テンは少し落ち着かない気分になった。