「うひゃひゃ。相変わらずの良いお父さんっぷりじゃのう、ゼロ」
「……………っ!?」
不意に掛けられた声に、テンは息をつめて身体を強張らせる。ゼロも目つきを険しくして、ばっと視線を眇めた。アルコだけは必死に水をガブ飲みしていたが――
視線の先、カウンター席から立ち上がる影があった。
ラフなワイシャツにベスト、すっきりしたパンツ姿の男性。歳の頃は三十より少し手前か。振り向いた顔には、オレンジ色のガラスのはまった小さな丸眼鏡をかけている。
彼はウィスキーボトルとグラスを手に、無遠慮にこちらのテーブルに向かってきた。
「てめぇは……カブト……ッ!? なんでお前がこんなところに……っ!」
ゼロが腰を浮かせて噛みついていくのを、カブトは片手を上げて制する。アルコもきょときょと目を瞬いて、言葉もなくぽかんと呆けていた。
カブトはドン! とボトルをテーブルに置き、許可もなくゼロの隣に座る。
「まあまあ、細かい話はあとにして、一杯やろう」
「話を逸らすな! てめぇ……っ」
ゼロは金色の瞳を攻撃的に細めて、警戒心むき出しで毛を逆立てる。
険悪ムードの中、眼鏡越しに送られたカブトの視線で、ようやくテンは呪縛が解ける。
「………編集長………」
「だいたいお前は…………ああっ? 編集長!? こいつがっ!!?」
テンの呟きに、ゼロが敏感に反応して睨みを利かせてくる。別にテンは何も悪くないが、思わずびくりと身を縮ませてしまった。
カブトは臆することもなく、いつも通りにへらへら笑っていた。
「あれ? 言ってなかったかのう」
「…………っ! ………マジか?」
「わしは嘘はつかんぞ、嘘は」
カブトはグラスにウィスキーを注ぎつつ、あっけらかんと答える。
(………嘘はつかないけど、肝心なことも言わないじゃない、この人……)
テンは、一年間触れてきた上司の総評を胸に浮かべ、ひとつ頷く。
しばし呆けていたアルコも、やっと息を吹き返したようにあわあわと首を巡らし、最終的に腰を下ろしたゼロに視線を止めた。ゼロはまだ胡散臭げにカブトを睨みやっている。
「つか、てめぇアドレイダーじゃねぇのか? あんなでかいライフル、使うのは冒険商人か傭兵か軍人くらいなもんだろうが」
「いやぁ、世の中最近物騒だからのう。護身用じゃ」
「あ、あんなもの護身に持ってる人が一番物騒ですよぉ……」
「うちの社の方針じゃ。自分の身は自分で守る! のう、テン?」
「は、はあ……」
「だったら護衛の依頼になんか来させてんじゃねぇよっ」
話の矛先を自分に向けてきた編集長に内心で中指を立てつつ、どうにも居心地の悪くなった雰囲気にテンは冷や汗を流した。
なぜ自分まで睨まれるのか。
なぜ自分まで妙な空気を吸わなければならないのか。
せっかくゼロ達とも仲良くなれそうな気がしてたのに……
「ていうか……編集長とゼロさん達って、お知り合いだったんですか?」
「えと、カブトさんは、うちの店の数少ない常連さんなんですよ、うん」
「つれないのう。アルコが店に来る前からの友人じゃあないか」
カブトの芝居がかった軽口に、ゼロは一層苦い顔を深める。カブトは琥珀色の液体を喉の奥に流し込み、小さく息をついた。
「わしだってのう、友人を騙すのはそりゃあもう心苦しかったんじゃぞ」
「どの口が言ってんだ、コラ」
「うひゃひゃ。まあぶっちゃけ、バイロン旋風の一件があって、いまだにうちの社は軍部に目をつけられとるんじゃ。協力しろと軍に言われりゃ、そりゃ無下にはできんからのう。また営業停止なんざ、まっぴらごめんじゃ」
カブトはけらけら笑う口を閉じると、すっと瞳を細めた。取材先ではよく見かける編集長の顔だが、いまだに普段とのギャップが慣れない。
「まあ、わしとしては、お前について知りたかった通りの答えが聞けて、大満足じゃが」
「何の話だ?」
しれっとゼロは吐き捨てて、冷めかけたポテトに手を伸ばす。カブトも勝手にアルコの抱えるからあげの山に手を伸ばしながら、なんとも人の悪い笑みを浮かべた。
「誤魔化しても無駄じゃ。お前らの会話は、一部始終しっかり聞かせてもらったからのう」
「へ……? 編集長もあの場にいらしたんですか……?」
カブトの知りたかったこととは、もちろんゼロの正体がガイラルドの大英雄、エイオン=トルティーネであったことだろう。
カブトはバイロン旋風当時より、四年間も彼の足跡を追い続けていた。それはバイロン社の社員には周知の事実だ。
その答えが聞けたということは、オフェリアと会話した、レッドローズ御殿にカブトもいたということだろうか。
問い掛けるように瞳で促しても、カブトはにやにや笑いで受け流してしまう。テンがむっと口を尖らせたところで、ポテトを頬張っていたゼロの手が止まった。