「………まさか」
「な、なんですか……?」
ゼロにじっとり見つめられ――いや、睨まれて――テンはどぎまぎと拳を握る。
ただでさえ目つきの悪いゼロに注視されると、こちらの心臓が持たない。鼓動は速くなるし、身体は熱くなるし、嫌な汗は出るし。
ゼロもまた頬に汗を垂らしつつ、静かに人差し指をこちらに差し向ける。
「お前……テン。そのバレッタ、初日からずっとしてたよな……?」
「バ、バレッタ……?」
言われて、愛用の髪留めに手を添える。ゼロが手先だけで渡せというジェスチャーをしてきたので、渋々外して手渡す。
長い髪を手櫛で整えている間に、みるみるゼロの顔が青くなっていった。
「おま、これ……っ!」
「ほほう。やはり目ざといのう、ゼロ」
「ど、どうしたんです? オーナー……」
恐る恐るといった調子でアルコが声を掛けると、ゼロは握力に任せてばきりとバレッタを、木っ端微塵に粉砕した。
「あ、ああああああっ!? 何するんですか!? それ高かったんですよ!」
「馬鹿野郎! 高かったもくそもあるか! 盗聴器なんぞ仕込まれてたんだぞ!」
「と、盗聴器……っ?」
ゼロの手の隙間からボロボロと落ちる髪留めの欠片を、滲む視界で見つめていると、ゼロはその手に更に力を込めて、テーブルに思い切り叩きつけた。
「つまり、お前が依頼に来た日から、ずーっと俺達の会話を盗み聞いていやがったってことだろ!? カブト!」
「え、えええええっ!?」
「マジですか!? えげつないことしますね……っ」
テンとアルコが全力で引きながらカブトに視線を送っても、彼は気にしたふうもなく、ゼロが砕いたバレッタのクズの中に手を突っ込む。取り出したのは、米粒ほどの大きさの、小さな丸い粒だった。
「おいおい、ゼロ。貴重な物なんじゃから、丁重に扱ってもらわないと困るのう。イニス帝国製、最新型の小型盗聴器じゃぞ。なんと発信機機能付き」
「………明らかに不正の匂いがぷんぷんしますけど………」
「うひゃひゃ。何事も臨機応変に、と言うじゃろう。科学技術のレベルは、イニスは世界の数十年先をいっとる。懐古器は便利じゃが、あくまで過去の遺物。現代のニーズに合わせた代物の開発は、科学の方に分があるからのう。役立つものを仕入れるルートは、確保しとくのがプロというもんじゃ」
「ちっ。腐れ外道が……まあ、一万歩譲って――今はそういう話はどうでもいいんだ」
ゼロが低く静かに声を出すと、カブトも目を瞬いて口を閉じた。涙を拭っていたテンも顔を上げ、壮絶な睨みを放つゼロの横顔を眺める。
「……全部聞いていたなら、わかるだろう。殺されるところだったんだぞ、テンは」
「ゼ、ゼロさん……」
「……お前なら、軍と俺が関わればどういうことになるかぐらい、予想付いていたはずだ。それなのに……」
ゼロは真剣な目でカブトを睨みつける。彼は本当に、テンの身を案じてくれていたのだ。迷惑ばかりかけているのに、ゼロは本気でテンの護衛という仕事に取り組んでくれている。
言いようのない温かさが、胸を満たした。無邪気なアルコが、何の迷いもなくゼロになつき、共にいる理由がわかった気がする。
テンの思考は、カブトの漏らした嘆息でかき消された。
「わしだって、何の考えもなしにテンを送り出したわけじゃない。事前にテンの幼なじみだというマルチェラもけしかけておいたし、どうにもやばい状況になったら、出て行って何とかしてやろうと思うとったわ。わしだって、自分の部下は可愛いからのう。それに、今回ばかりはテンでなきゃならない理由があったのじゃよ」
「わ、わたしじゃなきゃならない理由……ですか……?」
ふいにかかった意外な言葉に困惑して息を呑むと、カブトは何とも意地の悪い笑みを浮かべて、ゼロの肩に手を置いた。
「わしもこの男と付き合いが長い。ゼロの疑り深さなら、よぉーっく、骨身にしみて理解しとる。わしのことも完全に疑ってかかっとったもんなぁ」
「お前ぐらい怪しい人間もそういねぇぞ……」
「そこで、長年の観察により、ゼロが警戒心を解く人物の傾向を割り出したのじゃ」
「………………」
「結論から言うと……嘘のつけない、素直で真面目な頑張り屋。つまり、アルコ属性の人間に弱いってことじゃな。ところでその銃をしまってくれんか、ゼロ」
無表情で懐の懐古銃を取り出したゼロは、ゴリゴリとカブトのこめかみに押しあてていたが――そういえば、アルコもゼロは自分を気に入ってくれていると言っていたっけ。
(なんか……それって……やっぱり、結構うれしい……かも)
テンはひそかに――といっても、完全に頬を緩めて、胸躍らせつつチーズに手を伸ばす。