ひとしきり睨みあっていた大人二人は、ゼロが観念したのか銃をひっこめたところで、とりあえず終戦を迎えた。
「まあ、お前やオフェリアの計略にはめられて、まんまとユピテルくんだりまで繰り出して来ちまったのは、もう今更しょうがねぇ。とりあえずカブト。テンを引き取っていけ」
「え………えええ………っ!? なんでですかぁ……っ!?」
やっと気分が上がり始めたところで、ゼロに強烈なカウンターパンチを食らった気分だった。アルコも不思議そうに、テンとゼロを見かわしている。
「断る」
続けて、あっさり捻り出された編集長の返答に、テンはわけもわからないまま泣きたくなった。二人に同時に、見放されたような気分だ。
零れそうな涙をこらえてカブトにすがる視線を送ると、ゼロも苛々と机を指で叩く。
「………なんで」
「答えは簡単。ゼロがこの街の誰かに狙われてるってのは、もう動かしようもない事実じゃろう。そしてそれが事実だとすれば、当然この二日間、お前がテンとユピテル内をほっつき歩いていたのは相手も知ってるはずじゃ。テンが、お前を誘い出すための餌として利用される可能性、お前、否定できるかのう?」
「………パムカルに送り返しても、面が割れてるんじゃ、同じってわけか」
「そういうことじゃ。一度受けた依頼じゃ、しっかりやり遂げてもらわんと、こっちも金を出すわけにゃいかんからな。まあ、どうせ軍に請求するんじゃが。……それと、テン」
「あ……は、はい!」
いきなり話を振られて、テンは椅子を蹴倒す勢いで身体をびくつかせた。カブトはウィスキーを喉の奥に流し込んでから、にんまりと笑みを浮かべる。
「またとない絶好の機会じゃ……しっかりスクープ、物にしろ!」
「スクープ……っ!?」
「最近、ユピテルの動きがきな臭いっていうのは、完全に黒じゃ。それを今、一番身近で体感する条件が整っとるのは、お前じゃ、テン。わしの言葉、ちゃんと胸に刻んでおるか?」
善悪を越えた先にある『真実』――物事が歪められる前の本当の姿。それを感じることができるのは、何ものにも染まらない、ただ真白な心だけ。
それは、バイロン社に入社して、初めに叩きこまれる社の理念だ。
「……はい」
「まあ、危険は伴うじゃろうが……最悪、お前の死亡記事をトップニュースに添えてやると約束しよう」
「うわ、最低だ……っ! エグいよ、それはっ!」
「くそ……勝手に話を進めやがって……っ! こっちは負担が増えるだけじゃねぇか!」
ずきりと、ゼロの言葉に胸が痛んだ。カブトの冗談より、よほど。
自分は、いつも誰かの足を引っ張る。
誰かに手を貸してもらわないと、何もできない。
いつも。ずっと。これからも、きっと。
わかっていたはずだけど――そんな自分を変えたいと、いつも胸の底では思っていた。
どうすれば変われるのか、変わるのか……答えなんて、出ないけれど。
しょぼくれたテンのつむじに、視線が刺さる気配があった。恐る恐る顔を上げると、優しい目をしたカブトと、オレンジのガラス越しに目が合う。
「この子は……たぶん、お前らが思っている何倍も、何十倍も優秀で、役に立つ娘じゃぞ」
「ああ……?」
「じゃなかったら、なぜわしがバイロン社に入れるんじゃ」
「編集長……」
カブトの珍しく温かい声に、不覚にもたまりにたまった涙の雫が、ポロリと頬を滑り落ちてしまった。それを憮然と眺めやったゼロが、きまり悪そうに頭を掻く。
カブトは席を立ち、テーブル脇にかかっていた伝票を手に取った。それを見て嘆息したカブトだったが、不快そうな顔はせず、ぴたりとゼロに視線を合わせる。
「ゼロ……わしは、お前のことは信用しとるぞ。これでもな」
それだけ告げると、踵を返して出口に向かうカブト。
その背に、ゼロが声を掛けた。
「おい……お前、これからどうすんだよ」
「わしは残念ながら聖護隊に目をつけられてな。ひっそりと取材を続けることにするわい」
「………聖護隊に?」
「いやぁ、実は前にユピテルに来た時、復古派が暗躍してる気配があると、マスコミ連中に触れ回っていたのがバレてな。完全にお尋ね者状態じゃ」
カブトはため息をついたあと、下がってきた眼鏡を上げて、意味ありげに振り向いた。
「あとな……復古派が琥珀祭中にテロって話、あれは……デマじゃ。憶えておけ」