「……………?」
ゼロとアルコは目配せし合って首を傾げる。
一分ほどもするとテンは顔を上げ、書いていたものをこちらに示してきた。
「……ん? え!? それって!」
覗きこんできたアルコが、目を見開いてゼロの肩を叩く。あんまりしつこいので視線を飛ばすと、アルコは先程のパンフレットをこちらに押しつけるように見せてきた。
「見てくださいよ、オーナー! テンさんの描いた絵、この表紙とまったく一緒ですよ!」
言われるままに見直すと、確かに。ユピテルのストリートの絵が描かれた表紙。ユピテル=ランギという文字のデザイン。差し込まれた文章――その内容、位置、細部に至るまで、完全に同一の絵を、テンは描いていた。もとからそのパンフレットの表紙絵を知っていたとしても、ここまで精密に描けるものだろうか。
「わたし、一度見聞きしたものは、絶対に忘れないんです」
「え、ええええええっ!? すっごい! ホントですか、それ!?」
「……直観像記憶とかいうやつか? すげぇな」
「よくわかんないけど……昔からそうなんです。ずっと」
ゼロとアルコは素直に感心してテンをもてはやした。アルコなんかは特に、感動しきった瞳で彼女と、彼女の描いた絵を交互に見ている。
そこで、ゼロは気がついた。テンは得意げに笑っていたが、指先が微かに震えていた。よく見れば、頬に冷や汗も浮いている。
(………一度見聞きしたものは、絶対に忘れない………か)
それは、確かにすごい能力だ。カブトの目に留まったのも頷ける。記者としてならなおさら、その能力は生かしようによっては、ものすごい効果を発揮するだろう。
しかし、それは本当に、幸せな力なのだろうか。
ゼロだったらその能力は、絶対に欲しくない。
人は忘れながら生きる生き物だ。つらく悲しいことも、時を経て薄らぐからこそ、また歩み出すことができる。立ち続けることができる。
ゼロだって、軍を抜け出すときに抱いていた痛みを忘れることはないが、それでも――キーノやアルコと過ごすうちに、また笑えるようになった。
起こったことの何もかもを鮮明に胸に刻み込むことは、それを何年経っても薄らぐことなく引き出せてしまうことは――とても恐ろしいことだと、思う。
(人より優れた能力を持つことは、それ相応のリスクを背負うってことだからな……)
エイオン=トルティーネは、才能に押し潰された哀れな少年だ。
テンもまた、名家を捨て下野した、貴族の娘。
ゼロは、眉尻を下げながら必死に笑おうとするテンの意志を汲んだ。
彼女の頭に手を置いて、わしゃわしゃと撫でつける。
「な、なんですかぁ……っ、ゼロさん!」
「お前、いいもん持ってんじゃねぇか。有効に使ってやるから、ちゃんと役に立てよ?」
「うわ……またちょーあくどい顔して、この人は……」
軽口を挟んだアルコを蹴倒して黙らせる。テンはしばらくぽかんとしていたが、アルコが起き出してくると涙を浮かべて笑い、本当に嬉しそうにこちらを向いた。
「はい! わたし、これから起こること、しっかりと記憶します! だから、何かを知りたいときは、いつでも頼ってくださいね!」
同日夜――
ベッドで心地よさそうに寝息をたてるアルコとテンをよそに、ゼロはどうにもおさまらない胸騒ぎを抱えたまま、ソファに寝そべり思考を繰り返していた。
明け方近く――空中都市ユピテル=ランギを揺るがす『地震』に、飛び起きるまで。